
中国・四国の医療・介護施設が「働き続けたい職場」を作る方法——中国・四国で人事に取り組む方へ
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中国・四国の医療・介護施設が「働き続けたい職場」を作る方法——中国・四国で人事に取り組む方へ
「このままでは、利用者さんより先にスタッフがいなくなる」。高知県のある介護施設の施設長が、苦笑いしながらそう言いました。
中国・四国は全国の中でも高齢化率が高い地域です。島根県は高齢化率35%超、高知県も同水準で推移しています。医療・介護サービスへの需要は増え続ける一方、それを支える人材は慢性的に不足しています。介護職の有効求人倍率は全国平均で3倍を超え、看護師も特に地方の中小病院では確保が困難な状況が続いています。
しかし、同じ地域、同じ規模の施設でも、人が集まり定着している施設と、慢性的な人手不足に苦しむ施設があります。その差は何か。私がこれまで500社以上の企業の人事課題に向き合ってきた経験から言えるのは、「待遇の差」だけではないということです。「この職場で働き続けたい」と思える環境を作れているかどうか——その差が、人材の定着率に決定的な違いを生んでいます。
医療・介護の人材不足が深刻な理由
医療・介護の人材不足は、全国的な課題ですが、中国・四国では特に以下の構造が影響しています。
需要の急増と供給の縮小
高齢者人口の増加により、医療・介護サービスへの需要は拡大し続けています。一方で、若年人口の減少により、新たにこの業界に入る人材の供給は縮小傾向です。需要と供給の乖離は、今後さらに拡大すると予測されています。
都市部への人材流出
看護師・介護福祉士の資格を取得した若者の多くが、給与水準の高い都市部の施設に就職します。広島市内の大規模病院は県内外から人材を集められますが、中山間地域の診療所や小規模介護施設は、人材確保に極端に苦しんでいます。
離職率の高さ
介護業界の離職率は約14〜15%で、全産業平均より高い水準です。特に入社3年以内の離職率が高く、「資格を取って入職したが、理想と現実のギャップに耐えられなかった」というケースが多い。離職率が高いと、常に採用に追われ、育成に投資する余裕がなくなり、さらに離職が増えるという悪循環に陥ります。
「働き続けたい職場」と「辞めたくなる職場」の差
同じ地域で、似た規模の施設なのに、スタッフの定着率に大きな差がある。その差を生む要因を整理します。
職場の人間関係:医療・介護の離職理由の第1位は、ほぼ毎年「職場の人間関係」です。特に、上司やリーダーとの関係が悪い場合、スタッフは「ここにいても仕方ない」と感じやすい。逆に、「困ったときに相談できる先輩がいる」「チームで助け合える雰囲気がある」職場は、多少の忙しさがあっても人が残ります。
成長機会の有無:「毎日同じ業務の繰り返しで、自分が成長している実感がない」——これは、若手の離職理由として頻繁に挙がります。研修の機会、資格取得の支援、キャリアパスの提示——これらがない職場では、「この仕事を続けても先が見えない」という閉塞感が生まれます。
「大事にされている」という実感:スタッフが「この職場は自分を大事にしてくれている」と感じるかどうか。感謝の言葉、適正な評価、休暇の取りやすさ、意見が聞いてもらえる環境——こうした「大事にされている実感」が、定着率に直結します。
経営数字から「定着投資」の合理性を示す
医療・介護施設の経営者に「働きやすい環境を作りましょう」と提案しても、「それはわかっているが、余裕がない」と返されることが多い。だからこそ、経営数字で話す必要があります。
介護職員1名の離職にかかるコストを試算します。採用コスト(求人広告・エージェント)が約40万円、教育コスト(入社後3ヶ月のOJT工数)が約60万円、離職期間中の派遣スタッフ費用が月30万円×3ヶ月で90万円——合計で約190万円。年間離職者が5名いれば、約950万円の損失です。
一方、定着率を改善するための投資——研修制度の整備に年間100万円、メンター制度の運営に年間30万円、職場環境の改善に年間50万円——合計180万円。これで離職者が5名から3名に減れば、年間で約200万円のコスト削減になります。
投資180万円でリターン200万円。しかも、定着率が上がれば採用にかけるエネルギーが減り、人事担当者がより生産的な業務に時間を使えるようになる。この試算を経営者に示すことで、「定着への投資」が経営判断として合理的であることを伝えられます。
実践1:「心理的安全性」のある職場を作る
医療・介護の現場では、ミスが利用者の安全に直結します。そのため、「ミスを許さない」という文化が強くなりがちです。しかし、ミスを恐れるあまり報告ができない、質問ができない、助けを求められない——こうした状態は、むしろミスの温床になります。
「心理的安全性のある職場」とは、「ミスをしても大丈夫」という意味ではなく、「ミスを報告しても、責められるのではなく、一緒に改善策を考えてもらえる」という信頼がある職場です。
具体的には、インシデント報告を「個人の責任追及」ではなく「組織の学び」として扱う文化を作る。ミーティングで「今週困ったこと」を共有する時間を設ける。リーダーが率先して「自分もこんな失敗をした」と話す。こうした小さな取り組みの積み重ねが、心理的安全性を育てます。
愛媛県のある特別養護老人ホームでは、毎朝10分の「ヒヤリハット共有タイム」を設けています。スタッフが「昨日、こんなことがあって焦りました」と話し、チームで「こうすれば防げたね」と対策を考える。この習慣ができてから、インシデント報告の件数が2倍に増え(報告しやすくなったため)、重大事故の件数は半減したそうです。
実践2:キャリアパスを「見える化」する
医療・介護の現場で働く人が感じがちな閉塞感の一因は、「キャリアの先が見えない」ことです。介護職であれば、「介護士→リーダー→主任→管理者」というキャリアパスを具体的に示し、各段階で必要なスキル・経験・資格を明文化することが重要です。
さらに、「縦のキャリア(昇進)」だけでなく「横のキャリア(専門性の深化)」も選べるようにする。認知症ケアのスペシャリスト、口腔ケアのエキスパート、レクリエーション担当——こうした「専門家としてのキャリア」を評価する制度があれば、「管理職にはなりたくないが、現場でスキルを磨きたい」という人材のモチベーションを維持できます。
香川県のある介護施設では、「専門職コース」と「マネジメントコース」の2つのキャリアパスを設け、入社3年目の時点でどちらを志望するかを選べるようにしています。この制度導入後、「管理職以外の選択肢がない」という不満が減り、定着率が改善したそうです。
実践3:管理職・リーダーの「マネジメント力」を育てる
医療・介護施設における離職の多くは、「直属の上司との関係」に起因しています。つまり、管理職・リーダーのマネジメント力が、スタッフの定着率を左右する最大の要因です。
しかし、医療・介護の現場リーダーの多くは、「現場での技術が優れていた」から昇進した人たちです。マネジメントの教育を受けていないまま、部下の育成・評価・メンタルヘルス対応を任されている。これでは、リーダー自身が疲弊し、部下との関係も悪化しやすい。
リーダー向けの研修は、大げさなものでなくていい。「1on1面談の基本」「フィードバックの仕方」「ハラスメントの予防」「メンタルヘルスの初期対応」——これらを半日の研修で学ぶだけでも、現場のコミュニケーションの質は変わります。
岡山県のある病院では、看護師長を対象にした「マネジメント基礎研修」を年2回実施し、3年間で若手看護師の離職率が18%から9%に改善しました。「研修を受けて、部下への声かけが変わった」というリーダーの声が、その変化を物語っています。
実践4:「業務負荷の偏り」を可視化して是正する
医療・介護の現場では、「できる人に業務が集中する」傾向があります。優秀なスタッフほど多くの業務を担い、燃え尽きて離職する——このパターンは非常に多い。
業務負荷の偏りを是正するためには、まず「見える化」が必要です。各スタッフの担当業務量、残業時間、休暇取得状況を定期的にモニタリングし、偏りが生じていないか確認する。偏りが見えたら、業務の再配分を行う。
同時に、「業務の仕分け」も重要です。看護師が看護以外の事務作業に時間を取られている、介護士が記録作業に追われて利用者と向き合う時間が減っている——こうした「本来の仕事ではない業務」を整理し、ICT化や業務委託で負荷を軽減する。
広島県のある訪問介護事業所では、記録業務をタブレット入力に変更し、記録にかかる時間を1日あたり30分短縮しました。その30分を「スタッフ同士のコミュニケーション」に充てることで、チームの結束が強まり、離職率が下がったそうです。
実践5:「ありがとう」が循環する仕組みを作る
医療・介護は、「人の役に立つ仕事」です。しかし、忙しさの中で「誰かの役に立っている実感」が薄れていくことがあります。
利用者・患者さんからの感謝の言葉を共有する仕組み、スタッフ同士の「ありがとうカード」、月次の表彰制度——こうした「感謝が見える化」される仕組みは、コストをかけずに職場の雰囲気を変える効果があります。
鳥取県のある介護施設では、「サンクスボード」と名づけた掲示板を休憩室に設置し、スタッフが互いに「ありがとう」のメッセージを貼る仕組みを作りました。最初は恥ずかしがっていたスタッフも、自分へのメッセージを見つけると嬉しそうにしている。「些細なことだけど、モチベーションになる」という声が多いそうです。
地域包括ケアの視点と人事戦略の接点
中国・四国の医療・介護は、地域包括ケアシステムの構築と密接に関わっています。病院・診療所・介護施設・在宅サービスが連携してケアを提供する体制の中で、人事戦略もこの「連携」の視点を持つ必要があります。
たとえば、地域内の医療機関と介護施設が合同で研修を実施する。人材交流(短期出向や合同プロジェクト)を通じて、スタッフの視野を広げる。複数の施設で共同採用を行い、採用コストを分散する——こうした「地域ぐるみの人事」が、個々の施設だけでは実現できない人材確保・育成を可能にします。
高知県のある地域では、病院・特養・訪問介護の3法人が合同で「地域医療介護人材バンク」を運営しています。求職者は1回の登録で3法人の求人を閲覧でき、自分に合った職場を選べる。施設側は採用コストを3分の1に削減できた上、「地域全体で医療介護を支えている」というメッセージが求職者に好印象を与えているそうです。
「働き続けたい職場」は一日にして成らず
医療・介護施設の「働きやすさ」は、制度だけでは実現しません。日々の小さな取り組みの積み重ね——声かけ、感謝、フィードバック、業務負荷への配慮——これらが、スタッフの「ここで働き続けたい」という気持ちを育てます。
人事担当者にできることは、その小さな取り組みを「仕組み」として定着させること。個人の善意に依存せず、組織として継続できる状態を作ること。そして、その取り組みの効果を数字で示し、経営者に「投資し続ける価値がある」と認識してもらうこと。
中国・四国の医療・介護は、この地域に暮らす人々の健康と生活を守る、なくてはならない存在です。その担い手が安心して働き続けられる環境を作ることは、地域社会への最も大きな貢献のひとつです。
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