
中国・四国の食品メーカーが技術承継を成功させる人事の仕組み——中国・四国で人事に取り組む方へ
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中国・四国の食品メーカーが技術承継を成功させる人事の仕組み——中国・四国で人事に取り組む方へ
「あの味は、工場長の勘でしか出せないんです」。岡山県のある漬物メーカーの人事担当者Hさんの言葉です。
その漬物メーカーでは、創業以来60年間、漬け込みの塩加減と発酵期間の調整を工場長が一人で判断してきました。温度、湿度、原材料の状態を五感で感じ取り、「今日はもう半日長く漬けよう」「塩は少し控えめに」と微調整する。その判断が、この会社の味を守ってきた。ところが工場長は来年65歳を迎え、退職を予定しています。後継者は——まだ育っていません。
中国・四国には、食品製造業が多く集積しています。岡山の果物加工、広島の牡蠣加工、愛媛の柑橘加工、香川のうどん製造、高知のかつお節加工、島根の日本酒醸造——いずれも、長年培われた「職人の技」によって品質が支えられています。そして今、その技を持つベテラン職人が一斉に退職時期を迎えています。
私がこれまで500社以上の企業の人事課題に向き合ってきた中で、技術承継の問題は製造業に共通する課題ですが、食品メーカーには特有の難しさがあります。「数値化しにくい感覚的な技術」「味という主観的な品質基準」「食品衛生と職人技の両立」——こうした要素が、承継を複雑にしています。
この記事では、中国・四国の食品メーカーが技術承継を成功させるための人事の仕組みについて考えます。
食品メーカーの技術承継が難しい3つの理由
理由1:暗黙知の割合が極めて高い
食品製造の現場には、マニュアルに書けない知識が大量にあります。「この生地の感触になったら次の工程に進む」「この色になるまで焙煎する」「この香りが出たら発酵が完了した合図」——こうした五感に基づく判断は、言語化が非常に難しい。
しかも、原材料は天然素材であるため、季節・産地・年によって微妙に品質が変わります。その変化に応じた調整ができるのがベテランの腕であり、この調整力こそが承継すべき最も重要な技術です。
理由2:承継に長い時間がかかる
食品製造の技術は、1年や2年では身につきません。季節による原材料の変化、年間を通じた製造サイクル、繁忙期と閑散期の対応——最低でも3〜5年、熟練レベルに達するには10年以上かかることも珍しくありません。つまり、ベテランが退職する3〜5年前から計画的に承継を始めなければ間に合わないのです。
理由3:「教える文化」が根づいていない
食品メーカーの多くでは、「見て覚える」という職人的な育成文化が残っています。ベテラン自身も、自分の技術を言語化して教えた経験がない。「どうやっているんですか」と聞かれても「長年の勘だから」としか答えられない。これは本人の怠慢ではなく、暗黙知を言語化するスキル自体が育てられていないためです。
技術承継を「経営リスク」として数字で把握する
技術承継の問題を経営者に伝える際、「大切なことだからやりましょう」では動きません。経営リスクとして数字で示す必要があります。
たとえば、先ほどの漬物メーカーのケースで考えます。工場長の技術が承継されないまま退職した場合、何が起きるか。製品の品質が不安定になり、取引先からのクレームが増加する。最悪の場合、主力商品の品質が維持できず、取引停止につながる。主力商品が年商の40%を占めるとすれば、年商5億円の会社なら2億円分の売上が危機にさらされます。
一方、技術承継の仕組みを作るためのコストはどの程度か。ベテランの技術を記録・体系化する外部コンサルの費用が100万円、動画撮影・編集の費用が50万円、後継者の育成にかかる追加人件費が年間200万円。合計で初年度350万円、2年目以降は200万円程度。
2億円のリスクに対して350万円の投資。この数字を見れば、技術承継への投資が経営的に合理的であることは明白です。
技術承継のための5つの仕組み
中国・四国の食品メーカーが技術承継を成功させるために、人事が整備すべき仕組みを5つ提示します。
仕組み1:技術の棚卸しと優先順位づけ
すべての技術を完璧に承継することは現実的ではありません。まず、「どの技術が最も重要か」「どの技術が失われると事業に最大のダメージがあるか」を棚卸しする。
技術のリストを作成し、「重要度」「緊急度(ベテランの退職時期)」「承継の難易度」で評価する。この優先順位に基づいて、承継計画を立てます。すべてを一度にやろうとするのではなく、最も重要な技術から取り組むことで、限られたリソースを有効に使えます。
仕組み2:「暗黙知の可視化」プロジェクト
ベテランの暗黙知を可視化するための方法はいくつかあります。
動画記録が最も有効です。ベテランが作業をしている様子を4Kカメラで撮影し、本人に「今、何を見て、何を判断しているか」を実況してもらう。この「実況解説付き動画」は、マニュアルでは伝えられない微妙な判断基準を残すことができます。
愛媛県のある柑橘加工メーカーでは、ベテランの選果担当者が「この色味の柑橘は糖度が高い」「このキズは加工に影響しない」と選別する様子を動画で記録し、新人教育に活用しています。「百聞は一見に如かず」を体現する取り組みです。
また、「判断基準のチェックリスト化」も有効です。「この状態になったら次の工程に進む」という判断を、可能な限り数値や写真で基準化する。完全に数値化できなくても、「標準的な状態」と「それからのずれ」を視覚的に記録するだけで、後継者の学習が加速します。
仕組み3:段階的な技術移転プログラム
技術承継は、「ベテランの隣で見る」だけでは進みません。段階的なプログラムを設計する必要があります。
第1段階(6ヶ月):ベテランの作業を観察し、基本的な手順を覚える。 第2段階(6ヶ月〜1年):ベテランの監督のもと、実際に作業を行う。 第3段階(1〜2年):一人で作業を行い、ベテランが品質チェックをする。 第4段階(2〜3年):完全に一人で判断・作業ができるようになる。
各段階で「何ができれば次に進めるか」を明確に定義し、定期的に進捗を確認する。この段階設定自体が、後継者の成長目標になります。
仕組み4:「複数人承継」のリスク分散
一人の後継者にすべてを託すのはリスクが高い。理想は、2〜3名に分散して技術を承継することです。全員が同じレベルに達する必要はありません。メインの後継者1名と、バックアップとしてもう1名——この体制があるだけで、技術断絶のリスクは大幅に低減します。
仕組み5:ベテランの「教える力」を育てる
技術力が高いことと、教える力が高いことは別の能力です。ベテランに「教え方」を教えることが、技術承継の成否を左右します。
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」——山本五十六の有名な言葉ですが、これは技術承継の本質を捉えています。「やってみせる」「言葉で説明する」「やらせてみる」「フィードバックする」——この4つのステップをベテランに意識してもらうだけで、教え方の質は変わります。
中国・四国の食品産業の特性と技術承継
中国・四国の食品メーカーには、「地域の原材料に根ざした製造技術」が多く存在します。
広島の牡蠣加工は、瀬戸内海の水温・潮流によって変わる牡蠣の状態に応じた加工技術が必要です。香川のうどん製造は、讃岐の気候(湿度・気温)に合わせた麺の延ばし方が独特です。高知のかつお節製造は、燻し工程の火加減と乾燥期間の調整に職人の経験が不可欠です。島根の日本酒醸造は、杜氏の五感に基づく麹の管理が酒の品質を決めます。
これらの技術は、その地域の風土と密接に結びついているため、「マニュアルを渡せば誰でもできる」ものではありません。その地域で、その原材料で、長い時間をかけて体得する必要がある。だからこそ、早い段階から計画的に承継を始めることが重要なのです。
技術承継と評価制度の連動
技術承継を組織として推進するためには、評価制度との連動が必要です。
ベテランに対しては、「技術を教えること」を評価項目に加える。「後継者の育成に貢献した」ことが評価される仕組みがあれば、ベテランの「教える動機」が高まります。「定年が近いから適当に過ごそう」ではなく、「自分の技術を次の世代に残す」ことに意義を感じてもらうための制度設計です。
後継者に対しては、「技術の習得度」を段階的に評価する。スキルマップに基づいて「今のレベル」と「次のレベル」を可視化し、成長を正当に評価する。技術承継は長い時間がかかるプロセスであり、その途中での「小さな成長」を認めることが、後継者のモチベーション維持につながります。
テクノロジーを活用した技術承継
伝統的な食品製造技術の承継に、テクノロジーを活用するアプローチも有効です。
センサー技術による数値化。ベテランが「感覚」で判断している温度・湿度・色・香りなどを、センサーで測定・記録する。完全に「感覚を数値に置き換える」ことは難しいですが、「この数値範囲が標準」「この数値を超えたら注意」という基準線を作ることはできます。
AI・画像認識の活用。食品の外観品質の判定にAI画像認識を導入する事例が増えています。ベテランの「目利き」をAIに学習させることで、品質判定の一部を自動化・標準化できる。もちろん、最終判断は人が行いますが、AIが「第一次スクリーニング」を行うことで、後継者の判断力を補完できます。
岡山県のある果物加工メーカーでは、ベテランの選果基準をAI画像認識に学習させるプロジェクトを進めています。「この色と形が最高品質」「このキズは許容範囲」という判断を3,000枚の画像データで学習させた結果、ベテランの判断との一致率が92%に達したそうです。
「技術承継」は「組織の価値」を守る仕事
最後に伝えたいのは、技術承継は単なる「スキルの引き継ぎ」ではないということです。
中国・四国の食品メーカーが長年守ってきた「味」「品質」「こだわり」——これらは、その企業の「存在意義」そのものです。技術が途絶えることは、製品の品質が下がるだけでなく、企業のアイデンティティが失われることを意味します。
技術承継に取り組むことは、「組織の価値」を次の世代に託す仕事です。人事担当者がこの仕事をリードすることで、組織全体が「技術を守り、育てる」という方向に動き始めます。
中国・四国の食品産業が、地域の風土に根ざした技術を次の世代に繋いでいく。そのための仕組みを作ることが、人事の仕事として最も意義のあるものだと、私は思っています。
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