
愛媛の造船・海運企業が技術者を確保するための採用戦略——中国・四国で人事に取り組む方へ
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愛媛の造船・海運企業が技術者を確保するための採用戦略——中国・四国で人事に取り組む方へ
「船を造る技術者が、年々少なくなっている」。愛媛県今治市にある造船所の工場長が、そう言って海を見つめていました。
愛媛県の今治市・西条市エリアは、日本最大の造船業の集積地です。今治造船をはじめとする造船会社とその関連企業群が、日本の海運を支えています。しかし、この地域の造船・海運業界は、深刻な技術者不足に直面しています。
溶接工、船体設計者、エンジニア、品質管理技術者——こうした専門人材の採用が年々困難になっています。造船業は、数百メートルの鉄の塊を精密に組み上げる、世界でも稀な大規模ものづくり。その技術を次の世代に伝えるための「人」が足りなくなっている。
私はこれまで500社以上の企業の人事課題に向き合ってきましたが、造船・海運業界の採用課題には、他の製造業とは異なる特殊性があります。この記事では、愛媛の造船・海運企業が技術者を確保するための具体的な採用戦略を、経営数字の視点から考えていきます。
愛媛の造船・海運産業が直面する採用環境
今治市を中心とする愛媛県の造船業は、新造船の建造量で日本一を誇ります。ばら積み貨物船、タンカー、コンテナ船——世界中の海を行き交う船が、ここで造られています。関連する海運業、船舶用エンジン、舶用機器メーカーも含めると、地域経済の中核を担う産業クラスターです。
しかし、この産業を支える技術者の確保が、年々難しくなっています。
構造的な要因はいくつかあります。まず、造船業に対する若者の関心が低い。「造船」という仕事のイメージがわかない、あるいは「3K(きつい・汚い・危険)」のイメージが残っている。次に、今治市の人口が減少傾向にあり、地元の若年労働力が不足している。さらに、自動車産業やIT産業との人材獲得競争が激化しており、機械系・電気系のエンジニアが他業界に流れている。
造船業は、1隻の船を建造するのに1〜2年かかる長期プロジェクトです。技術者の育成にも長い時間がかかり、一人前の溶接工になるのに3〜5年、設計者として独り立ちするのに5〜7年——この「人材育成に時間がかかる」という特性が、技術者不足の影響をさらに深刻にしています。
技術者不足の経営インパクトを数字で見る
技術者が確保できないことのコストを、数字で整理します。
受注機会の損失:技術者が足りないために、受注可能な案件を断らざるを得ないケース。1隻の新造船の受注額が数十億円規模であることを考えると、受注機会の損失は億単位です。
品質・安全リスク:経験の浅い技術者が増え、ベテランの指導が行き届かなくなると、品質リスクが高まります。造船における品質問題は、最悪の場合、船舶の安全に関わる重大事故につながり得ます。品質問題による手戻り・修正のコストは、1件あたり数百万円から数千万円です。
既存技術者への負担集中:人員不足を既存技術者の残業で補おうとすると、過重労働による健康リスク、モチベーション低下、さらには離職——悪循環に陥ります。
技術伝承の断絶:ベテラン技術者が退職する前に技術を伝承できなければ、数十年かけて蓄積した「暗黙知」が失われます。この損失は金額で測れないほど大きい。
愛媛のある中堅造船所では、技術者不足により年間の建造能力を10%下回る操業が3年続いています。この10%の能力ギャップによる機会損失は、年間数億円と試算されています。
造船技術者を惹きつける5つの採用戦略
戦略1:「造船の魅力」を言語化して発信する
造船は、スケールの大きさにおいて他の製造業の追随を許しません。数百メートルの船を設計し、数万点の部品を組み上げ、海に浮かべる——この「壮大さ」は、製造業に興味がある若者にとって、本来は非常に魅力的なはずです。
しかし、その魅力が十分に伝わっていない。採用サイトを見ても、「船舶の建造に関わる溶接業務」「船舶設計業務」——仕事内容の記述が抽象的で、造船の「面白さ」が伝わってこない。
具体的にどう発信するか。「全長200メートルの船を、0.1ミリの精度で組み上げる」「自分が設計した船が、太平洋を渡って世界中の港に着く」「1隻を完成させたときの達成感は、他の仕事では味わえない」——こうした具体的なエピソードを、採用サイト、SNS、動画で発信する。
今治のある造船所では、進水式(新しい船が初めて海に浮かぶ瞬間)の動画をYouTubeで公開したところ、再生回数が10万回を超え、その動画を見て応募してきた若手技術者がいたそうです。
戦略2:高専・工業高校との関係を深化させる
造船技術者の供給源として、高等専門学校(高専)と工業高校は最も重要です。弓削商船高専、大島商船高専、新居浜高専——四国・中国地方には造船・海運に関連する高専があり、卒業生は即戦力として期待できます。
しかし、高専の卒業生は大手企業からの求人が殺到し、中堅・中小の造船所は獲得競争で苦戦しています。差別化のためには、「学生のうちから自社を知ってもらう」継続的な関係構築が必要です。
インターンシップの受け入れ(1〜2週間の実習プログラム)。出前授業・技術講演(自社の技術者が高専で講義を行う)。共同研究・卒業研究の受け入れ。奨学金制度の設立(入社を条件に学費を補助)。
今治のある造船会社では、地元の工業高校に毎年2回、現役の若手技術者が出向いて「造船の仕事」を紹介する授業を5年間続けています。その結果、この高校からの応募者が5年前の2名から年間8名に増加しました。投資額は出前授業の準備と移動にかかるコスト(年間約10万円)のみ。
戦略3:UIターン人材へのアプローチ
愛媛県出身で県外に就職した技術者の中には、「いずれ地元に戻りたい」と考えている人がいます。この「UIターン予備軍」にリーチすることが、経験豊富な技術者を確保する有力な手段です。
UIターンフェア(東京・大阪で開催)への出展。愛媛県の移住支援策(住宅補助、子育て支援等)との連携。自社のWebサイトにUIターン特設ページを設け、「今治で働きながら暮らす」魅力を発信。
ポイントは、「仕事の魅力」と「暮らしの魅力」をセットで訴求すること。今治市はしまなみ海道の起点であり、温暖な気候、美しい瀬戸内海の景観、適度な都市機能——「ものづくりの街で、自然豊かな暮らし」というメッセージは、都市部で疲弊した技術者に響く可能性があります。
戦略4:外国人技術者の戦略的な採用
造船業では、外国人技術者の活用が進んでいます。特にフィリピン、ベトナム、インドネシアからの技能実習生・特定技能外国人が、溶接工やブロック組立の現場で活躍しています。
しかし、「単純労働の補填」としてだけではなく、「技術者候補」として外国人を育成・登用する視点も重要です。特定技能2号の取得を支援し、長期的に日本で働ける環境を整える。技能検定の取得を支援し、スキルアップに応じた処遇改善を行う。日本語教育を充実させ、コミュニケーション力の向上を図る。
愛媛のある造船所では、技能実習生として来日したベトナム人の溶接工が、5年間の経験を経て特定技能に移行し、現在はチームリーダーとして日本人の若手を指導する立場になっています。
戦略5:「技術者のキャリアパス」を明示する
造船技術者にとって、「この会社で長く働くと、どんなキャリアが開けるか」の見通しは重要です。
入社〜3年目:基本技術の習得(溶接、組立、検査等の基礎)。4〜7年目:専門技術の深化(特定工程のスペシャリスト)。8〜12年目:プロジェクトリーダー(ブロック単位の工程管理)。13年目以降:マネージャーまたはスペシャリスト(デュアルラダー)。
このキャリアパスを、採用段階から明示する。「この会社に入ると、5年後にはこうなれる。10年後にはこういう仕事ができる」——未来の見通しがあることが、若手技術者が「この会社を選ぶ理由」になります。
技術者の定着率を高める取り組み
採用だけでなく、採用した技術者が長く働き続ける環境づくりも重要です。
師弟制度(メンター制度)の導入:新人技術者に、経験豊富なベテラン技術者を「師匠」として1対1で付ける。技術指導だけでなく、仕事の悩みや生活面の相談にも乗る関係を作る。造船の技術は、教科書では学べない「身体知」の部分が大きく、師弟関係の中で受け継がれる知恵が貴重です。
資格取得支援:溶接技能検定、船舶検査関連資格、品質管理関連資格——業務に関連する資格の取得を会社が支援する。受験費用の負担、勉強時間の確保、合格時の報奨金——こうした支援は、技術者のスキルアップ意欲を高めます。
安全で快適な作業環境の整備:造船の現場は、高所作業、溶接の火花、重量物の取り扱いなど、危険を伴う作業が多い。安全対策の徹底、作業環境の改善(空調、照明、休憩所)に継続的に投資することが、技術者の安心感と定着率に直結します。
事例:今治の中堅造船所が技術者採用を改善した話
愛媛県今治市にある従業員150名の中堅造船所の事例を紹介します。年間3〜4隻の貨物船を建造するこの造船所は、5年前から技術者の採用難に苦しんでいました。年間の採用目標10名に対し、実績は5〜6名。特に、溶接工と船体設計者の不足が深刻でした。
人事担当者のZさんは、以下の採用戦略を3年計画で実行しました。
1年目:採用ブランディングの強化。自社の採用サイトをリニューアルし、「全長200メートルの船を造る仕事」というキャッチコピーを掲げた。進水式の動画、若手技術者のインタビュー、造船の技術を解説するコラムを定期的に掲載。地元の弓削商船高専と大島商船高専に出前授業を年2回実施。投資額は採用サイトリニューアル150万円+出前授業の運営費20万円。
2年目:UIターン採用の開始。東京と大阪のUIターンフェアに年3回出展。愛媛県の移住支援策と連携し、「今治で造船エンジニアとして働く」特設ページを開設。UIターン者向けの社宅(家賃補助月3万円)を5戸確保。投資額はフェア出展費45万円+社宅費用180万円。
3年目:キャリアパスと処遇の見直し。デュアルラダー制度(管理職ルートと専門技術者ルート)を導入。溶接技能検定の取得支援制度(受験費用全額負担+合格報奨金5万円)を新設。師弟制度を正式に制度化し、メンター社員に月5,000円のメンター手当を支給。投資額は制度設計50万円+資格支援費30万円+メンター手当120万円。
3年間の累計投資額は約595万円。
成果として、3年目の採用実績が目標10名に対して12名を達成。高専からの応募者が2倍に増加。UIターン採用で3名の経験者を確保(うち1名は大手造船所出身の設計者)。技術者の3年以内離職率が25%から10%に改善。師弟制度により若手の技能習得スピードが平均15%向上。
Zさんは言います。「造船は、世界でも限られた場所でしかできない仕事です。今治でしかできない経験がある。その魅力を伝えることが、採用の第一歩。そして、入ってくれた技術者が『ここで働いてよかった』と思える環境を作ることが、定着の鍵です」。
造船の未来と人事の役割
愛媛の造船・海運産業は、日本の海洋国家としての基盤を支える重要な産業です。世界の物流の90%以上が海運で運ばれている以上、船を造る技術は、今後も必要とされ続けます。
しかし、技術を継承する「人」がいなければ、産業は衰退します。技術者の確保と育成は、企業の経営課題であると同時に、地域の産業政策、さらには国家的な課題でもあります。
人事の力——「人を集め、育て、活躍させる」力——が、造船・海運産業の未来を左右する。大げさではなく、そう思います。
経営数字で採用の投資効果を示し、造船の魅力を正しく伝え、入社した技術者が長く活躍できる環境を整える。その一つひとつの取り組みが、愛媛の造船・海運産業の未来を支える力になると、私は確信しています。
もっと深く学びたい方へ
体系的に人事の実践知を身につけたいなら、人事のプロ実践講座へ。
日々の悩みを仲間と共有したい方は、人事図書館へ。
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