
中国・四国の老舗企業が事業承継と人材承継を同時に進める方法——中国・四国で人事に取り組む方へ
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中国・四国の老舗企業が事業承継と人材承継を同時に進める方法——中国・四国で人事に取り組む方へ
「会社は息子に継がせるつもりだけど、番頭の田中がいなくなったら会社が回らないんだよ」。広島のある老舗の建材卸売会社の3代目社長(68歳)が、苦笑いしながらそう語りました。
息子への事業承継は決まっている。株式の移転計画も、税理士と相談して進めている。しかし、実質的に会社を動かしている「田中さん」——営業の要であり、仕入先との関係を一手に引き受け、社内の誰よりも業界の事情に精通しているベテラン社員——が来年定年を迎える。田中さんの後任は誰なのか。その問いに、社長は答えられなかった。
事業承継は「経営権の移転」だけでは完了しません。会社を支えている「人材」の知識・スキル・人脈を次世代に引き継ぐ「人材承継」が伴わなければ、事業は形だけ引き継いでも実質的に機能しなくなります。
中国・四国は、老舗企業が多い地域です。100年以上の歴史を持つ企業も珍しくありません。醤油醸造、造り酒屋、呉服店、建設業、卸売業——地域の産業を長年支えてきた企業が、今、一斉に承継期を迎えています。
私はこれまで500社以上の企業の人事課題に向き合ってきましたが、事業承継と人材承継を「同時に」設計している企業は少数派です。この記事では、中国・四国の老舗企業が事業承継と人材承継を両立させるための方法を、経営数字の視点から考えていきます。
中国・四国における事業承継の現状
中小企業庁のデータによれば、中小企業経営者の平均年齢は上昇を続けており、70歳以上の経営者が全体の大きな割合を占めています。後継者が決まっている企業は半数に満たず、特に地方では後継者不在率が高い傾向にあります。
中国・四国の老舗企業は、地域の経済と雇用を支える重要な存在です。これらの企業が事業承継に失敗して廃業すれば、地域から雇用が失われ、サプライチェーンが分断され、地域経済全体に悪影響を及ぼします。
事業承継の方法は大きく3つあります。親族内承継(息子・娘への承継)、社内承継(役員・社員への承継)、M&A(第三者への売却)。いずれの方法であっても、「人材承継」は共通して必要な課題です。
「事業承継」と「人材承継」の違い
事業承継は、株式・資産・経営権の移転です。法律的・財務的な手続きが中心で、税理士や弁護士のサポートで進められます。
人材承継は、経営の「実行力」を次世代に移転することです。これには以下の要素が含まれます。
経営ノウハウの移転:経営判断の基準、リスク管理の方法、業界の慣習への対処法——現経営者が「頭の中に持っている」暗黙知を、後継者に伝えること。
キーパーソンの確保と育成:会社を実質的に動かしている幹部社員の知識・スキル・人脈を、次世代の幹部に引き継ぐこと。
従業員の信頼の移転:長年の人間関係に基づく現経営者への信頼を、後継者に移すこと。「先代だからついていった」ではなく「この会社の方向性についていく」という帰属意識への転換。
取引先・顧客との関係の引き継ぎ:特に老舗企業では、取引先との信頼関係が個人に紐づいていることが多い。「社長だから取引している」という関係を、「この会社だから取引している」に変えていく。
人材承継のコストと不在のリスク
人材承継を怠った場合のリスクを、数字で見てみます。
キーパーソンの退職・引退による売上減少:主要取引先との関係を一手に担う社員が引退し、後任に引き継ぎがされなかった場合。取引先が「新しい担当者では不安だ」と感じて発注を減らすリスク。売上の10%がキーパーソン1名に依存している場合、年商5億円の企業で5,000万円のリスクです。
ノウハウの喪失による業務効率の低下:ベテラン社員が持っていた「勘所」が失われることで、業務効率が低下。不良品率の増加、納期遅延、クレーム対応の長期化——こうした目に見えにくいコストが積み重なる。
従業員の離職:事業承継に伴う「不安」から、社員が退職するケース。「新しい社長になったら、自分の居場所がなくなるかもしれない」——こうした不安を放置すると、承継前後で離職が増加します。
岡山のある老舗の食品メーカーでは、先代社長の引退に伴い、営業部長と製造部長の2名も相次いで退職。この2名が持っていた取引先との関係と製造ノウハウが一気に失われ、承継後の1年間で売上が20%減少しました。
人材承継の5つのステップ
ステップ1:キーパーソンの可視化
まず、会社を動かしている「キーパーソン」を特定します。以下の観点で洗い出します。
この人がいなくなったら業務が止まる人は誰か。取引先・顧客との関係を持っている人は誰か。社内でのみ共有されているノウハウを持っている人は誰か。若手社員から信頼されている影響力の大きい人は誰か。
キーパーソンは必ずしも役職者とは限りません。「肩書きはないけれど、あの人に聞けばわかる」という存在が、中小企業には必ずいます。
ステップ2:暗黙知の形式知化
キーパーソンが「頭の中に持っている」知識やノウハウを、文書化・マニュアル化する。
業務マニュアルの作成:取引先との交渉の進め方、製造工程のポイント、クレーム対応の手順——属人的に行われている業務を標準化する。
関係者マップの作成:取引先のキーマンは誰か、どんな関係性があるか、接触の頻度はどのくらいか——人脈を「見える化」する。
判断基準の文書化:「こういう場合はこう判断する」という意思決定の基準を、ケーススタディとして残す。
香川のある機械メーカーでは、定年間近のベテラン技術者に「技術伝承ノート」を書いてもらっています。「このボルトの締め具合は、音を聞けばわかる」「この素材は、気温が○度以上のときは加工方法を変える」——文字にしにくい暗黙知を、できるだけ言語化して記録する取り組みです。
ステップ3:後継者チームの編成
事業承継の後継者は1人ですが、人材承継は「チーム」で行います。キーパーソン1名の役割を、複数の次世代社員で分担して引き継ぐ。
たとえば、営業部長の田中さんが担っていた役割を、Aさん(取引先との関係維持)、Bさん(社内の営業戦略策定)、Cさん(新規開拓)の3名で分担する。1人に集中させると、同じ属人化の問題が再発します。
ステップ4:引き継ぎ期間の設計
人材承継には時間がかかります。最低でも1〜2年、理想的には3〜5年の引き継ぎ期間を見込む。
引き継ぎの方法は、「同行・同席」から始める。キーパーソンが取引先を訪問するとき、後継候補を同行させる。会議に同席させる。最初は「見ているだけ」でよい。徐々に「一緒にやる」「任せて見守る」「完全に任せる」と段階を踏む。
ステップ5:従業員への丁寧な説明
事業承継と人材承継の計画を、従業員に丁寧に説明する。「何が変わり、何が変わらないか」を明確に伝える。
「社長は交代するが、会社の方向性は変わらない」「皆さんの雇用と待遇は守る」「新しい体制ではこういう役割分担になる」——こうした説明を、全社員に対して直接行う。メールや文書だけでは不安は払拭されません。経営者自らが社員の前に立って語ることが重要です。
後継者のリーダーシップ育成
事業承継において最も重要なのが、後継者のリーダーシップの育成です。
経営の「修羅場」を経験させる
後継者は、「安全な環境」で育てても成長しません。赤字事業の立て直し、困難な交渉、組織の変革——こうした「修羅場」の経験が、経営者としての判断力を鍛えます。
現経営者が後方で見守りながら、実際の経営判断を後継者に委ねる場面を意図的に作る。「失敗してもフォローするから、自分で判断しなさい」——この覚悟が、現経営者に求められます。
社外での学びの機会
後継者を社外の経営者コミュニティや異業種交流会に参加させる。中国・四国には、各地の商工会議所や中小企業家同友会が主催する後継者向けの勉強会があります。同じ立場の後継者同士が悩みを共有し、学び合う場は、後継者の成長を加速させます。
山口のある建設会社の3代目は、地元の経営者勉強会に3年間参加し、他業種の後継者と毎月ディスカッションを重ねました。「自分の会社の中にいるだけでは見えなかった視点を得られた。承継への覚悟が固まった」と振り返っています。
老舗企業が承継後に成長するために
事業承継は「現状維持」のためだけのものではありません。承継を「変革のきっかけ」にすることで、老舗企業が新たな成長段階に入ることができます。
守るものと変えるものを区別する
老舗企業の「強み」——長年培った信頼、技術、ブランド——は守る。一方で、「やり方」——業務プロセス、組織体制、営業手法——は時代に合わせて変えていく。
「先代のやり方」をすべて踏襲するのではなく、「先代の精神」を受け継ぎながら、自分なりの経営スタイルを確立する。これが、承継後の後継者に求められるバランスです。
デジタル化・効率化の推進
承継のタイミングは、業務のデジタル化を進める好機です。先代が「紙と電話」でやっていた業務を、ITツールで効率化する。これは、後継者が「自分の色」を出しやすいテーマでもあります。
愛媛のある卸売業では、3代目への承継を機にERPシステムを導入。在庫管理と受発注をデジタル化し、業務効率が30%向上。「先代の時代には考えられなかった」スピードで経営判断ができるようになったと言います。
まとめ
中国・四国の老舗企業にとって、事業承継は「経営権の移転」だけでは完結しません。会社を支えるキーパーソンの知識・スキル・人脈を次世代に引き継ぐ「人材承継」を同時に進めることが、承継後の安定経営の鍵です。
キーパーソンを可視化し、暗黙知を形式知化し、後継者チームを編成し、十分な引き継ぎ期間を設け、従業員への説明を丁寧に行う。この5つのステップを計画的に進めることが重要です。
そして、事業承継を「守り」ではなく「攻め」のきっかけにする。先代が築いた基盤の上に、次世代ならではの新しい価値を乗せていく。中国・四国の老舗企業が次の100年を歩むために、事業承継と人材承継の両輪を、今から回し始めていただきたいと思います。
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