地方企業の人件費管理と報酬設計——中国・四国で人事に取り組む方へ
経営参画・数字

地方企業の人件費管理と報酬設計——中国・四国で人事に取り組む方へ

#採用#評価#研修#経営参画#キャリア

地方企業の人件費管理と報酬設計——中国・四国で人事に取り組む方へ

「人件費率が上がっているのは分かっているが、どこをどう変えればいいか分からない」

山口県内の製造業で経営管理を兼務している人事担当者から聞いた言葉です。売上は横ばいなのに、人件費だけが毎年少しずつ増えている。昇給をやめるわけにもいかない。かといって、どこかを絞ることもできない——そんな状態が数年続いている。「給与水準を上げないと採用できない、でも人件費率が高すぎると経営が厳しい」というジレンマは、中国・四国の中小企業の人事担当者が最も頭を抱えるテーマのひとつです。


人件費を「コスト」ではなく「投資」として捉え直す

人件費の議論をするとき、「削減できないか」という発想から始まることが多い。しかし、人件費の設計において本当に問うべきは「この人件費の使い方が、事業の成長に貢献しているか」です。

たとえば、「全員に一律3%昇給」という慣習的な運用では、高いパフォーマンスを発揮している社員も、そうでない社員も同じ処遇になります。これは、成果を出している社員から見れば「頑張っても意味がない」というメッセージになりかねません。一方で、成果に連動した報酬設計を取り入れすぎると、「短期的な成果ばかりを追うようになった」「チームワークが壊れた」という副作用が出ることもあります。

人件費管理の難しさは、単なる数字の問題ではなく、「何のために報酬を出すのか」という経営哲学の問題でもあることです。


中国・四国の地域特性と賃金水準

中国・四国の賃金水準は、全国平均や東京・大阪の水準と比較すると低い傾向があります。厚生労働省の賃金構造基本統計調査によれば、広島・岡山は全国平均に近い水準ですが、島根・鳥取・高知は全国平均を下回る県として挙げられることが多い。

この賃金差は「地方は安くて当然」という話ではなく、物価水準や生活コストとの相対的な関係で理解する必要があります。東京で年収400万円の生活と、高知で年収300万円の生活を比較した場合、実質的な豊かさが逆転することもあります。こうした「地域の生活コスト感覚」を踏まえた報酬設計が、採用力の観点からも重要です。

ただし、UIターン採用を意識する場合は、都市部の賃金水準との比較が求職者の意思決定に影響します。「都市部より低いが、生活コストを考えれば遜色ない」という文脈を採用コミュニケーションの中で伝えることが、ミスマッチ防止にもなります。


人件費率の管理:基本的な考え方

人件費率(人件費 ÷ 売上高)の適正水準は業種によって異なります。一般的な目安として、製造業では15〜30%、サービス業では30〜50%程度と言われますが、中小企業では業種・規模・ビジネスモデルによって大きく異なります。

重要なのは、自社の人件費率の推移を把握し、経年変化の要因を理解することです。売上が増えているのに人件費率も上がっている場合は採用過多か昇給が速すぎる可能性があり、売上が横ばいで人件費率が上がっている場合は生産性の問題です。

人件費管理でよく使われる指標を整理すると:

  • 労働分配率:付加価値(粗利)に対する人件費の割合。製造業で40〜60%程度が一般的な目安
  • 1人当たり売上高:社員1名あたりの売上。業種平均と比較することで生産性の位置づけが見える
  • 採用コスト:1名採用あたりの費用(求人広告・エージェント手数料・選考工数など)。中途採用では80〜150万円程度が目安
  • 離職コスト:1名離職あたりの損失(採用コスト+育成コスト+業務ロス)。年収の1.5〜2倍相当という試算が多い

これらの数字を経営者と共有することで、「人件費に関する投資判断」の議論ができるようになります。


報酬設計の3つのアプローチ

1. 職能給:年功序列からの脱却

多くの中国・四国の中小企業では、「勤続年数+職能レベル」で給与が決まる職能給が主流です。安定・公平・シンプルというメリットがある一方で、「頑張った人が報われにくい」「成果を出しても賃金が大きく変わらない」という不満が生まれやすい。若手の離職理由としてよく挙げられるのが「成長を実感できない」「評価が不透明」という点で、これは職能給のわかりにくさと関係していることが多い。

2. 職務給(ジョブ型):スキルと役割に対する報酬

近年、大手企業を中心にジョブ型雇用への移行が話題になっています。職務内容・求めるスキルを明確にした上で給与を設定する方式で、「その仕事をできる人に、その仕事に見合う給与を払う」というシンプルな原則です。中小企業では完全なジョブ型への移行は難しいことが多いですが、「特定のスキルや資格を持つ人への手当」「特定のポジションに就いた際の処遇明確化」といった部分的な導入は現実的です。

3. 成果連動賞与:透明なルールで動機づける

月額給与はベースとして安定させつつ、賞与の一部を業績・成果に連動させる方式です。ポイントは「何がどう評価されるか」のルールを事前に明確にしておくこと。「なんとなく頑張ったから賞与が多い」ではなく、「目標Aを達成したら賞与がXになる」というロジックが見える状態が、社員の納得感と動機づけにつながります。


人件費削減を急ぐと起きること

経営が苦しくなると、「人件費を削減したい」という話が出てくることがあります。しかし、安易な人件費削減は中期的には逆効果になるリスクがあります。

愛媛のある食品加工会社では、業績悪化を受けて賞与の大幅カットを実施しました。短期的にはコストが下がりましたが、その後1年間で優秀な中堅社員4名が相次いで離職。採用・再教育コストと生産性低下を合わせると、削減した人件費の2倍以上の損失が出たと言います。

人件費の削減を検討する際は、「どこを削っても事業への影響が小さいか」の分析が先です。一律削減ではなく、「高コストだが生産性が低い部分」「事業成長への貢献が薄い人件費の使い方」を見極めることが重要です。


人件費の「見えないコスト」を可視化する

人件費として経営者が意識するのは、多くの場合「月々の給与総額」と「社会保険料」程度です。しかし、実際の人件費はそれだけではありません。

採用コスト(求人広告費・エージェント手数料・選考工数)、教育研修費、離職に伴うコスト(業務引き継ぎ工数・代替要員の採用費・再教育費)——これらを加えると、表に出てくる給与の1.5〜2倍が実質的な人件費であることも珍しくありません。

こうした「見えないコスト」を整理して経営者に見せることで、「離職率を下げることの経済的価値」「育成投資の回収期間」といった具体的な数字で人事投資の判断ができるようになります。

岡山の食品加工会社では、「1名の中途採用が1年以内に離職した場合の総コスト」を試算したところ、採用コスト90万円+業務引き継ぎロス30万円+再採用準備費20万円の計140万円以上という結果が出ました。経営者はこの数字を見て初めて「採用の質を上げるための投資」に積極的になったと言います。


賃上げの波の中で「地方企業が生き残る」報酬設計

2023〜2024年にかけ、大企業を中心に賃上げの動きが加速しています。最低賃金の引き上げも毎年続いており、中国・四国の中小企業もその影響を受けています。

賃上げは求職者へのアピールになる一方で、財務への影響が直接的にかかります。「賃上げしたいが原資がない」という企業は多く、そこで差がつくのが「どこに、何のために」人件費をかけるかの設計力です。

一律の賃上げより、「優秀な人材・重要ポジション・定着してほしい人材」に重点的に投資する報酬設計の見直しが、限られた財源の中で採用力と定着率を高める戦略として注目されています。


非金銭的報酬の設計も人件費管理の一部

報酬は「給与・賞与」だけではありません。非金銭的報酬(ノン・ファイナンシャル・リワード)の設計が、採用力・定着率・モチベーションに大きく影響します。

柔軟な働き方:リモートワーク・フレックスタイム・短時間勤務——これらは給与増加なしに従業員の満足度を高められる手段です。地方の製造業では全員リモートは難しいですが、間接部門・営業・企画職での導入は現実的です。

キャリア開発支援:資格取得費用の補助、外部研修費用の支援、社内での異動・昇進機会の明示——これらは「この会社で自分が成長できる」という実感につながります。

表彰・承認の仕組み:月間MVPの設定、経営者からの感謝の言葉の文化化、社内報での活躍紹介——ゼロコストで従業員の承認欲求に応える仕組みは、報酬設計の補完として効果的です。

これらを「トータル・リワード(総報酬)」の観点で整理し、求人票や採用面接でアピールすることで、給与だけでは競えない企業でも採用力を高められます。


「数字で語れる人事」が人件費管理の鍵

人件費管理は、人事担当者が経営者と対等に話せる場のひとつです。「人件費が高い・低い」という感覚論ではなく、「人件費率・労働分配率・採用コスト・離職コスト」という数字で現状を整理し、「どの方向に向かうべきか」を提案できる人事担当者は、経営者から信頼されます。

中国・四国の中小企業では、人事担当者が財務の知識を持つ機会が少ない。だからこそ、基本的な数字の読み方と人件費に関する経営視点を身につけることが、他の人事担当者との大きな差別化になります。

報酬設計は経営の言語です。その言語を使いこなすことで、人事担当者の経営への貢献度は一段上がります。


評価制度と報酬を「一体で考える」

報酬設計が機能するためには、評価制度との整合性が不可欠です。「何を・どう評価するか」が明確でなければ、「何をすれば報酬が上がるか」が社員に伝わらず、報酬への納得感が生まれません。

中国・四国の中小企業では、評価制度が「管理職の主観」に依存していることが多い。「Aさんは頑張っていたから評価を上げた」「Bさんはちょっと問題があったから据え置きにした」という個別判断が積み重なると、「なぜ自分の評価はこうなのか」を社員が理解できない状態になります。

評価基準を明文化し、評価結果のフィードバックの仕方を統一し、その結果が報酬にどう反映されるかを説明できる状態——これが整うと、社員の仕事への向き合い方が変わります。「透明な評価と報酬」は、採用で候補者に語れる強みにもなります。


地方企業の「給与開示」を採用力に活かす

近年、求職者が企業の給与水準に敏感になっています。「この会社はどのくらい給与がもらえるか」を採用の初期段階で知りたいという求職者が増えており、求人票での給与明示の重要性が高まっています。

中国・四国の中小企業では、「給与の詳細は面接時に」という求人票が多い。しかし求職者の立場から見ると、「給与が書いていない」=「低い可能性がある」という推測につながりやすく、応募意欲を下げる要因になることがあります。

給与レンジ(例:350〜450万円、経験・能力による)を明示した上で、「この給与がどんな仕事・成果に対して支払われるか」を合わせて伝えることで、求職者が「自分に合っているか」を事前に判断できます。給与開示は採用力向上の地味だが効果的なアクションのひとつです。


人件費管理を「経営者と共に進める」ために

人件費に関する意思決定は、最終的には経営者が行います。しかし、その判断を支える情報と分析を提供するのが人事担当者の役割です。

「人件費の現状を分析し、課題と改善方向を提案する」という作業を年1回でも定例化することで、経営者との人件費に関する対話が「場当たり的な相談」から「計画的な経営会議の議題」に変わっていきます。この変化が、人事担当者を「手続き担当者」から「経営パートナー」へと位置づけを変えるきっかけになります。

中国・四国の中小企業では、経営者と人事担当者の距離が近い分、こうした取り組みを始めやすい環境があります。人件費という経営に直結するテーマを軸に、経営者との対話の質を高めていくことが、人事担当者としての専門性と影響力を高める道の一つです。


中国・四国での「賃金格差」を採用に活かす視点

地方の賃金水準が都市部より低いことは、「不利な条件」として語られることが多い。しかし、視点を変えると「生活コストの低さ・通勤時間の短さ・子育て環境の豊かさ」を合わせた「実質的な豊かさ」を訴求できます。

年収300万円の高知と年収400万円の東京を比較したとき、家賃・物価の差によって可処分所得(使えるお金)が逆転することは珍しくありません。こうしたトータルの生活設計を採用コミュニケーションの中で伝えることで、「地方は給与が低い」という先入観を持つ求職者の意識を変えることができます。給与だけでなく、「この地域で生きることの豊かさ」を報酬設計と採用広報を組み合わせて伝えることが、地方企業の採用戦略の強みになります。


もっと深く学びたい方へ

体系的に人事の実践知を身につけたいなら、人事のプロ実践講座へ。

人事のプロ実践講座 — 詳しくはこちら

日々の悩みを仲間と共有したい方は、人事図書館へ。

人事図書館 — 入会はこちら

0

経営視点で考える人事の実践力を磨きませんか?

書籍『「人事のプロ」はこう動く』著者による実践講座。現場で使える経営視点の人事力を身につけます。

関連記事

中国・四国の中小企業で人事が経営参画する——社長との対話から始める人事変革
経営参画・数字

中国・四国の中小企業で人事が経営参画する——社長との対話から始める人事変革

人事の仕事は、社長が決めたことを実行すること——中国・四国の中小企業で人事を担当している人たちと話すと、こういった認識を持っている方が多い。採用・入社手続き・給与計算・社会保険の手続き——これらを正確にこなすことが人事の役割として定義されている企業が、まだ多い。でも、人口減少・人材不足・事業承継・デジタル化とい

#採用#評価#研修
中国・四国の企業が「タレントマネジメント」を始めるための第一歩——大きなシステムの前に、小さな一歩がある
経営参画・数字

中国・四国の企業が「タレントマネジメント」を始めるための第一歩——大きなシステムの前に、小さな一歩がある

タレントマネジメントって、大企業がやることでしょう。うちみたいな100人規模の会社には関係ないと思っていたんですが、最近、人材の配置や育成がうまくいっていないと感じていて。高知のあるサービス業の社長から、こう相談されたことがあります。

#採用#評価#研修
中国・四国の企業が「人的資本経営」を中小企業の現場で実践する方法——大企業の理論を現場サイズに翻訳する
経営参画・数字

中国・四国の企業が「人的資本経営」を中小企業の現場で実践する方法——大企業の理論を現場サイズに翻訳する

人的資本経営って、最近よく聞くんですが、うちみたいな社員50人の会社でも関係あるんでしょうか。島根のある製造業の社長から、こう質問されたことがあります。

#エンゲージメント#採用#評価
中国・四国の企業が「人事制度のスリム化」で運用負荷を下げる方法——複雑さを捨てて本質に集中する
経営参画・数字

中国・四国の企業が「人事制度のスリム化」で運用負荷を下げる方法——複雑さを捨てて本質に集中する

人事制度が複雑すぎて、正直、自分でも全部を把握しきれていないんです。評価シートだけで10ページあって、管理職からは毎回これ、全部書かないとダメですかと聞かれます。岡山のある中小企業の人事担当者から、こう打ち明けられたことがあります。

#採用#評価#研修