山口の化学・素材企業が研究者の定着率を高める方法——中国・四国で人事に取り組む方へ
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山口の化学・素材企業が研究者の定着率を高める方法——中国・四国で人事に取り組む方へ

#採用#評価#研修#組織開発#経営参画

山口の化学・素材企業が研究者の定着率を高める方法——中国・四国で人事に取り組む方へ

「また研究者が辞めたんです。今年で3人目です」。山口県周南市にある化学メーカーの人事担当者から、深いため息とともにこの相談を受けたのは、数年前のことでした。

山口県は、周南コンビナートを中心に化学・素材産業が集積する地域です。世界的に競争力のある素材技術を持つ企業が複数あり、研究開発部門を持つ中堅・中小メーカーも少なくありません。しかし、研究者の採用と定着には多くの企業が苦労しています。

採用しても3年以内に辞めてしまう。辞める理由を聞くと、「研究テーマの自由度がない」「論文を書きたいが業務に追われて時間がない」「キャリアパスが見えない」——研究者特有の悩みが並びます。

私はこれまで500社以上の企業の人事課題に向き合ってきましたが、研究者の人事は、営業職や製造職とは全く異なるアプローチが必要です。研究者には研究者のモチベーション構造があり、それを理解した上で人事制度や組織設計を行わなければ、どれだけ給与を上げても定着率は改善しません。この記事では、山口の化学・素材企業が研究者の定着率を高めるために何をすべきかを、経営数字の視点から考えていきます。


山口の化学・素材産業と研究者の位置づけ

山口県の化学・素材産業は、日本の産業を支える重要な基盤です。周南コンビナートには化学、石油精製、セメントなどの大手企業の工場が立ち並び、その周辺には素材の加工・開発を行う中堅・中小企業が集積しています。

これらの企業にとって、研究者は「事業の未来を創る」存在です。新素材の開発、既存製品の高機能化、製造プロセスの改善——研究開発の成果が、5年後、10年後の事業を左右します。

しかし、研究者の採用市場は極めて競争が激しい。化学系・材料系の修士・博士課程修了者は全国的に奪い合いの状態で、東京や関西の大手企業、さらには外資系企業との競争になります。山口の中堅メーカーが「給与」や「知名度」で勝負しても、勝てる見込みは低い。

さらに問題なのは、苦労して採用した研究者が定着しないことです。厚生労働省の調査によれば、研究職の入社3年以内の離職率は他の技術職と比べても高い傾向にあります。

研究者1名の採用・育成コストを試算すると、採用コスト(エージェント手数料+学会での採用活動費等)が約200万円、入社後の研修・OJTにかかるコストが約150万円、独り立ちまでの期間(約2年間)の生産性ギャップが約400万円——合計で約750万円です。この投資が3年で回収できずに退職されると、研究テーマの中断という「見えない損失」も加わり、経営への打撃は計り知れません。


研究者が「辞める理由」を正しく理解する

研究者が中小企業を辞める理由は、一般的な離職理由とは異なります。もちろん給与や勤務条件も関係しますが、研究者特有の不満がいくつかあります。

理由1:研究テーマの自由度がない

中小企業の研究部門では、経営者や事業部門からの要請で「今すぐ売れる製品」の開発に追われがちです。短期的な成果を求められ、中長期的な基礎研究や自分の関心があるテーマに取り組む余裕がない。研究者にとって、「自分で研究テーマを選べない」ことは大きなストレスです。

理由2:研究成果のアウトプット機会がない

学術論文の発表や学会での報告は、研究者にとって自分の成果を「見える形」にする重要な機会です。しかし、中小企業では「論文を書く暇があるなら製品開発を進めてくれ」という空気があり、学術活動が軽視される傾向があります。

理由3:キャリアパスが不明確

研究者として優秀な人が、「管理職になる」以外のキャリアパスがない。マネジメントに興味がない研究者は、「この会社にいても専門性を深められない」と感じて転職を考えます。

理由4:研究環境の物理的な制約

研究設備が古い、最新の分析機器がない、研究用の予算が限られている——これらは中小企業の構造的な課題です。大手企業の研究設備と比較されると不利です。

理由5:孤立感

研究部門の人数が少ない中小企業では、「議論できる相手がいない」「刺激がない」という孤立感を感じる研究者が多い。大学時代の同期が大手企業の大きな研究チームで切磋琢磨しているのを見ると、余計に孤独を感じます。


研究者の定着を高める5つの施策

上記の「辞める理由」を踏まえて、研究者の定着率を高めるための具体的な施策を5つ提案します。

施策1:「20%ルール」の導入——研究の自由度を確保する

業務時間の20%を、自分の関心があるテーマの研究に使えるルールを導入する。週5日勤務のうち、1日(金曜日の午後など)を「自由研究の時間」とする。

「そんな余裕はない」と思われるかもしれません。しかし、この20%の時間が、研究者のモチベーションを維持し、長期的には会社にとって価値のある発見につながる可能性があります。

山口のある機能性材料メーカーでは、3年前にこの20%ルールを導入しました。導入当初は「遊びの時間」と批判する声もありましたが、2年目に20%時間で研究していたテーマから特許出願に至るケースが2件生まれました。経営者は「20%の投資で、想定外のリターンが得られた」と評価しています。

施策2:学術活動の奨励——論文発表・学会参加を業務として認める

学術論文の執筆と学会での発表を、「業務の一部」として正式に認める。学会参加の費用(参加費、交通費、宿泊費)を会社が負担する。論文が採択された場合は、評価にも反映する。

この施策のコストは、1名あたり年間20〜40万円程度(学会参加2〜3回分)です。しかし、学術活動を通じて研究者が最新の知見を得られること、社外の研究者ネットワークが構築されること、さらには自社の技術力を外部にアピールする効果(採用ブランディング)も期待できます。

施策3:デュアルラダー制度の導入——「専門職」のキャリアパスを作る

管理職ルートだけでなく、「専門職」として昇格・昇給できるキャリアパスを設ける。「主任研究員」「上席研究員」「主幹研究員」「フェロー」といった専門職等級を設定し、管理職と同等の処遇を用意する。

広島のある素材メーカーでは、デュアルラダー制度を導入した結果、「管理職にならなくても、専門性を深めれば評価される」という安心感が研究者に生まれ、研究部門の離職率が年間20%から8%に改善しました。

施策4:外部との連携で研究環境を補完する

自社だけでは最新の研究設備を揃えられなくても、大学や公設試験研究機関との共同研究を通じて、外部の設備やリソースを活用できます。山口大学、広島大学、徳島大学などとの産学連携は、研究環境の補完だけでなく、研究者の知的好奇心を満たす効果もあります。

山口県産業技術センターや各県の工業技術センターを活用すれば、分析機器の利用や技術相談を低コストで受けられます。こうした公的リソースの活用を人事として推進することは、研究者の定着にも貢献します。

施策5:研究者コミュニティの形成——孤立感を解消する

社内に研究者同士が議論できる場を設ける。月1回の「研究発表会」(各研究者が自分の研究テーマの進捗を発表し、他の研究者からフィードバックを受ける場)や、異分野の研究者同士が交流する「テクノロジーランチ」(昼食時に気軽に技術の話をする場)を設ける。

さらに、社外の研究者コミュニティとの接続も重要です。周南地区の化学系企業の若手研究者が集まる勉強会に社員を参加させる、オンラインの研究者コミュニティへの参加を支援するなど、「自社の外にも仲間がいる」環境を整えます。


経営数字で見る研究者定着の投資効果

ここまで紹介した5つの施策のコストと効果を整理します。

20%ルールのコスト:直接的な追加コストはほぼゼロ(既存の業務時間の再配分)。ただし、20%分の「短期的な開発工数」が減少するため、機会コストとして年間1名あたり約80万円と試算。5名の研究部門で年間400万円。

学術活動の費用:1名あたり年間30万円×5名で年間150万円。

デュアルラダー制度の設計コスト:外部アドバイザーへの報酬50万円(初年度のみ)。

外部連携のコスト:共同研究費の企業負担分として年間100〜200万円。

研究発表会・コミュニティのコスト:実質ゼロ(社内リソースで運営)。

合計で年間約750〜900万円の投資です。

一方、研究者の離職を年間2名防ぐことができれば、その効果は以下の通り。採用・育成コストの削減:750万円×2名=1,500万円。研究テーマの継続による事業貢献:試算困難ですが、中長期的に数千万円規模。

つまり、年間750〜900万円の投資で、1,500万円以上のコスト削減と、事業の持続的な競争力強化が得られる。この試算を経営者に提示すれば、投資判断として合理的であることが示せます。


事例:山口の化学メーカーが研究者の定着を改善した話

山口県下松市にある従業員80名の機能性化学品メーカーの事例を紹介します。研究開発部門には6名の研究者がいますが、過去5年間で8名が退職していました。平均在籍期間は2.5年。研究テーマが中断するたびに、プロジェクトの立て直しに半年以上かかるという悪循環でした。

人事担当者のMさんは、まず退職した8名の退職面談記録を整理しました。退職理由の上位3つは、「研究テーマの自由度がない」(6名)、「キャリアパスが見えない」(5名)、「学術活動ができない」(4名)でした。

この分析を踏まえ、以下の施策を3年計画で実施しました。

1年目:デュアルラダー制度の導入(管理職ルートと専門職ルートの設定)と、学会参加費用の会社負担制度の開始。投資額は制度設計50万円+学会費用120万円=170万円。

2年目:20%ルールの試験導入(まず2名の研究者で試行)と、月1回の研究発表会の開始。追加投資は実質ゼロ。

3年目:20%ルールの全研究者への展開と、山口大学との共同研究プロジェクトの開始。共同研究費として年間150万円。

3年間の累計投資額は約490万円。

成果として、3年目の研究部門の離職率がゼロになりました(過去5年平均の年間1.6名退職がゼロに)。20%ルールから生まれた研究テーマのうち1件が特許出願に至り、別の1件が新製品の基礎技術として採用されました。学会発表を通じて同社の技術力が認知され、博士課程修了者から直接応募が来るようになりました。

Mさんは振り返って言います。「研究者の気持ちを理解することが最初のステップでした。何に困っているのか、何を大切にしているのかを聞いた上で、会社として何ができるかを考えた。完璧な環境は提供できないけれど、研究者の声に応える姿勢を見せることが、信頼関係の土台になる」。


「研究者を大切にする」ことの経営的な意味

山口の化学・素材企業にとって、研究者は事業の根幹を支える存在です。研究者が定着し、長期的に成果を出してくれることは、企業の技術力と競争力を維持・強化する上で不可欠です。

研究者を大切にするとは、高い給与を払うことだけではありません。研究者としての知的好奇心を尊重し、成長の機会を提供し、成果を認め、キャリアの見通しを示すこと。これらは、すべて人事の仕事として設計可能です。

中国・四国の化学・素材産業が持つ技術力は、日本のものづくりの基盤です。その技術を次世代に引き継ぎ、さらに発展させていくために、研究者が安心して、やりがいを持って働ける環境を整えること。それが、この地域の産業の未来を守ることにつながると、私は考えています。


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